TOP Marketer Interviewsトップマーケターインタビュー
トップマーケターのインタビューをご紹介します。
優秀なマーケターに必要なことは、専門領域の知識・技能を日々、アップデートし、変化に対し柔軟にキャリアをピボットし、他の専門職と積極的にコラボすることである
菅原大介様
はじめに
総合ECサイトを運営する会社で、リサーチ業務を中心に経営戦略やサービスデザインなどに携わる菅原大介さん。「リサーチハック」をキーワードに個人活動を行なっており、菅原さんのニュースレターやnote、SNSを楽しみにしている人も多いのではないでしょうか。公私にわたってとことん「リサーチャー」であり続ける菅原さんに話を伺ったところ、リサーチへの愛に溢れていました。
データを「集める側」ではなく、「活用する側」に自分の志向があった
――まずは、菅原さんの経歴から伺えますか。
新卒で入社したのは、株式会社学習研究社(学研、現・株式会社学研ホールディングス)でした。志望したのは、もともとマスメディアに興味があったこと、子育てに関する社会貢献をしたいという思いがあったからです。学研は教育×エンターテインメントを幅広く扱っていましたし、僕自身、月刊誌『科学と学習』のファンだったので(笑)。
学研では「学研教室事業部」というところに在籍をしまして、西日本エリアの「学研教室」(FC・直営)の法人営業の仕事をしていました。
――リサーチやマーケティングとは遠いお仕事ですね。
ただ、学研教室の法人営業をやりながら、西日本の広報業務も担当していまして、そこでは調査データに触れていました。広告代理店を通じてですが、学習塾のニーズや子どもたちの学習環境についての調査をし、そのデータは新規の教室開設業務に使っていたんです。
振り返ってから言えることですが、社会人になってすぐに事業規模の大きな会社で営業や広告の商慣習を学べたことは、僕自身の経験に意味があったと思っています。
――その後、マクロミルさんへ転職された。
キャリアプランとして何にチャレンジしようか?と考えていたとき、世の中に調査会社というものがあるということを知りました。もともとトレンドに触れるのは好きで、調査会社だったら、最先端のトレンドをリサーチし、分析するという仕事に携われる。調査データを使って会社や社会に貢献できると思いました。
また、ちょうど時期的にマクロミルが最初の東証一部上場を果たした頃に当たり、世の中的にもインターネットリサーチに注目が集まっていました。業界は勢いよく成長しているし、それをマクロミルが牽引している。すごくやりがいがありそうだと思いました。
――マクロミルではどのようなお仕事をされたのですか?
定量調査ディレクターとして、月間500問の調査を設計していました。クライアントの状況に合わせて最適なアンケートを設計し回収する必要があり、これは今日に至るまでずっとリサーチの仕事をするうえでの基礎力になっています。
クライアントさんの業種や規模もさまざまですし、広告代理店から実施難度の高い調査依頼を受けることがあれば、自治体からの相談で一からアンケートを作成する場合もある。本当にさまざまなケースを扱い、リサーチの面白さを体感することができました。
――その後、事業会社に転職し、データを集める側から使う側へと変わります。
まさにそれが転職の理由でもあるのですが、マクロミルで経験を積むなかで、自分の志向はデータを活用する側にあることに気づいたんです。
「データを構築する側」か「データを活用する側」か。どちらを志すのかは、リサーチの仕事をするうえで、とても重要な自己理解になると思います。
――でも、データを集める側の経験は、活用する際になったときに生きるのでは?
まさしくそうです。マーケティングリサーチでもUXリサーチでも他の市場調査でも、調査会社出身の事業会社スタッフはかなり珍しい存在になります。
事業会社の場合、マーケティングをやっている人がリサーチを兼ねたり、商品企画担当者が実務で経験したり、内部から育っていくパターンが圧倒的に多い。ただ、その場合、どうしても、課題に対してどんな調査をどの程度の規模で行うべきか判断に困ることもあります。
その点、僕はデータを作ってきた経験がありますから、解決したいビジネス課題に対してどのような調査テーマや調査手法が有効なのかがわかる。そこは、自分が生きる部分だと思っています。
――多彩な経歴、経験が強みになっていますね。
現在の仕事でも、あらゆるリサーチを使う立場を経験する、ということは意識しています。
リサーチに従事する人のキャリア形成は、一般的に集計業務や定性調査のインタビューなど手法や分野の専門性を究めるか、全体をマネジメントする立場になるかです。
一方で僕は事業会社に所属し、マーケターの観点で定量的なリサーチを使うこともあるし、経営企画的な立場で市場調査を行うし、エクスペリエンスデザインの業務の中でUXリサーチを行いユーザー観察することもあるし、広報と一緒に調査データを使ったプレスリリースを出すこともある。
また、僕が所属しているのはECモールの運営会社ですから、食品や化粧品、家電やインテリア、ファッションなど、多彩なカテゴリーがあります。
カテゴリーによって、最適な調査方法やベストなインタビュー方法は違いますし、調査と一口で言っても、領域や目的、予算によって最適な方法は異なる。
しかし、僕の中には最適なリサーチ方法や適切な活用法が体系化できているんですね。それができたのは、会社や組織の中で立場を変えながら、当事者となってデータを活用することをやってきたから。こうした経歴は珍しいですが、強みになっていると思います。
大好きなリサーチの魅力を、あますところなく伝えていきたい
――菅原さんがリサーチをする上で意識していることを教えてください。
先ほどの志向性は「データを活用する側」にあるという話に通じるのですが、同じリサーチの仕事でも、調査会社であればデータの品質や精度、あるいは、スムーズな運用やミスのないデータ納品が基本的な評価指標になります。
でも僕は企画や施策の立案や機能の改善にデータがどれだけ結びついたか、意思決定にどれだけデータが貢献できたかが大切だと思っているし、もっとも重視しています。
リサーチはあくまでも手段であり過程です。手段としてのリサーチの方法論に対するリスペクトは当然ありますし、自分自身もどう活用するのか日々研究をしています。ただ、リサーチを使いこなした先に、事業の成長や社会の進化があるべきです。
リサーチという手段を通じて、会社や社会の課題を解決し、より理想的な状態に到達させる。その実現に軸足を置くことを意識しています。
――菅原さんは個人活動も積極的に行なっていますね。
僕はスタートアップ期に入社しているので、勤め先における直線的なキャリアアップを目指すというよりも、会社の成長段階に応じて、必要なデータや成果物を作るにはどうしたらいいのかという観点で調査を行なってきました。
とはいえ、それだけだと受動的になってしまい、使わないスキルが出てきてしまう。そこで、ビジネスメディアやリサーチ支援会社と一緒に研究したり公表したりといった個人活動を行うようになったんです。
たとえば、会社では実施する機会がほとんどないBtoBの調査を個人の仕事として、他の企業やメディアと研究して公表したり。こうした活動をしていると、この先、会社が企業向けに調査をやりたいというニーズが入ったときに、すぐに対応することができます。
――別の場所で実績を積み、会社の仕事にも還元できる。
たとえば、ネオマーケティングさんが得意としている「カテゴリーエントリーポイント」。ブランドのマーケティングにおける比較的新しい方法論のひとつで、飲料業界ではとてもマッチするということがわかっています。
でも、他の業界はどうなのかというのは、それほど多くの成功事例が出ているわけではありません。そこで、カテゴリーエントリーポイントという概念の重要性から業務における活用法を、興味をもっているリサーチャーさんと一緒に研究しました。ここでの経験は仕事にも生きています。
――また、「リサーチハック」をキーワードに、ニュースレターやnote、SNSで積極的に情報発信を行なっていますね。
僕自身、リサーチが大好きなんです。その魅力を余すところなく引き出し、伝えていけたらいいなと思っています。
ただ、昔からそんな思いで活動してきたわけではありません。仕事でもボランティアでもあくまで、リサーチは主要な“業務”にすぎませんでした。
でも、30代前半のあるとき、あらゆることがまったくうまくいかない、という状況に陥ってしまったことがあって。そのときにきちんと、「自分自身が何をやりたいのか?」ということに向き合いました。
そこで実感したのが、仕事でもボランティアでもリサーチを使うことで喜ばれるし、リサーチによって局面を打開することができる。そんなリサーチの力、魅力や技能を伝えていきたいと思ったんです。
時期でいうと、現在ほどリサーチが一般的ではなく、むしろ、インターネットリサーチの初期の急成長が一服して、「リサーチでわかることは限定的」「これからビッグデータの時代だ」と言われている頃でした。
そういう状況だからこそ、自分自身がその魅力を伝えていきたいと思ったし、自分の人生のテーマをそこに絞ろうと決めたのです。リサーチの魅力を広く伝えることができたら、僕の人生はとてもよかったと評価できる。そう思えるまで、やり続けよう、と。
――すごいです。
逆に、やるべきことを絞り込んで気持ちが楽になりました。時間やお金をかけるべきことがはっきりしますから、迷う必要がないのです。人並みにいろんなことができたらよかったな、と思わなくもありませんが、自分自身が納得できる生き方はここにあると思っています。
リサーチが定着し、文化となっていくために
――この企画の恒例の質問です。菅原さんにとって「マーケティング」とはなんでしょう?
この質問は難しいですね。。マーケティングは、一言で表現できるほど単純なものではありませんし、言葉で定義立てて限定できるものではないと思います。
僕自身が大切にしているのは、リサーチのいろいろな魅力を知り、それを伝えていくこと。
何か枠にはめることなく、「リサーチャー」という形で自己表現していきたいと考えています。
ですので、僕は個人的に「リサーチャー」と名乗って情報発信しています。
――では、優秀なマーケターの定義を伺えますか?
「優秀なマーケターに必要なこと」という意味でお答えすると、3つ要素があると思っています。1つは専門領域の知識・技能を日々、アップデートすること。2つ目は変化に対し柔軟にキャリアをピボットすること。3つ目は他の専門職と積極的にコラボすること。
――それぞれ、具体的に教えていただけますか?
専門領域の知識・技能を日々、アップデートするというのは、説明は不要でしょう。2つ目の「キャリアをピボットする」は、僕自身、ボランティア組織で知り合った先輩の姿勢から学んだことです。
その先輩は物流の世界においてとても有名な方で、出会った当初は「オムニチャンネル」が物流業界のキーワードになっていて、積極的に情報発信をしていました。
その後、2011年の東日本大震災で物流は災害時のライフラインとして脚光を集め、比較的最近では消費者に直販する「D to C(Direct to Consumer)」や「物流の2024年問題(ドライバーの人手不足など)」が業界の話題になっています。
先輩は、常にこうした時代のトレンドに合わせて物流の重要性や活用法を紹介されています。根幹に物流があるのは揺るがないけれど、領域は常に拡張している。トレンドや現象に合わせて自分の専門分野をうまくピボットし、しかも最先端を走っているわけです。
自分自身もリサーチとの関わり方において、そういうスタンスでありたいと考えています。リサーチの重要性そのものは、基本的には薄れることはないでしょう。ただ、時代によって使いどころは変わるはずで、それをタイムリーに発信していく存在でありたい。それが、業界に身を置き、業務に従事している人のある種の役割だとも思っています。
――3つ目は「他の専門職とのコラボ」です。
調査の方法論についてはマーケティングリサーチ、UXリサーチの支援を行う各社の方と情報交換させていただいているし、ユーザーリサーチ実務の進め方・まとめ方については事業会社のリサーチャーの方と意見交換させていただいています。
ただ、業界や職種に閉じていないで、その隣接分野に身を置くことも大切です。それぞれの分野に素晴らしい知識をもっていたり、積極的に活用したりしている方がいます。自ら、飛び込んでいってお話を聞いて、その情報もまた発信しています。
――では、菅原さんが今、注目しているトレンドはありますか?
トレンドはなんですか?と聞かれたら、どうしても「リサーチ業務におけるAIの活用」という答えになりますが…社会の動向に関係なく個人として注目しているトレンドは「リサーチオプス(Research Ops)」です。
調査の基本業務はどういう質問項目を立て、どう分析し、どう報告するかです。「リサーチオプス」はこうした、調査の企画・設計・実施・報告という一連の業務を効率的に運営するため、どういう環境設定をすべきか、リサーチを行うためのオペレーションをどう整えていくかを考える分野です。
たとえば、自社でユーザーリサーチを行う事業者だったら、調査のデータベースをどう作っていくのか、インタビューに協力してくれるモニターさんをどう管理していくかといったことになります。
――なるほど。多くの企業がドキュメントの管理と格闘していると思います。
リサーチオプスという概念は海外では先進的な企業において浸透しつつあり、専門職種もあるほどです。業務フローが効率化され、デザイナーはデザイナーにしかできない仕事に集中できたほうがいいし、リサーチに関してもリサーチャーが本来取り組むべき仕事に集中できたほうがいい。
また、調査設計や結果をデザインや開発、営業の人たちと共有し、ワークフローの中に組み込んでいくためにも、このリサーチオプスという概念が生きてきます。
リサーチが定着していく文化として、リサーチが始めやすく、データが使いやすい環境になることはとても大切で、それを整えていかなくてはならない。リサーチに詳しい人が1人いたとしても、その人だけで調査業務のすべてをできるわけではありませんから。
――残念ながら、日本ではあまり浸透しません。
日本ではアシスタントのメンバーがユーザー管理を任されていたり、事務処理の仕事として考えられていたり。確かに、リサーチオプスという概念はまだ、だいぶ低く見られていますね。
実際、僕がSNSにリサーチオプスの情報を投稿しても反響は極めて薄く(笑)。「ユーザーのインサイトが〜」といった話題を扱ったほうが注目度は高く、「リサーチオプス」は現状では拡散を得るのが難しいテーマです。
しかし、中長期的に考えてもリサーチオプスは絶対に欠かせない概念ですから、反響の有無にかかわらず関連情報を発信していきたいと思っています。
リサーチの限界を超え、プロダクトに落とし込むところまでやり切りたい
――リサーチャーとして、「人を知る力」を養うにはどうしたらいいでしょうか? 何かこれを学んでおくといいみたいな学問があれば教えてください。
ジャストなお返事にはならないかもしれませんが…ちょうど今、仕事でユーザーのペルソナを作っていまして。たとえば、ペルソナの居住地を設定するとき、地理や歴史だけでなく、沿線地価や住みたい街ランキングの変遷、そのエリアの家計消費なども参考にします。
さまざまな要素を総合して光を当てていく必要があるわけで、その努力を怠ると画一的な、固定観念で作ったペルソナ像になってしまう。今、見えているものの延長でしか、人物像を描けなくなってしまいます。
心理学や行動経済学、あるいは文化人類学など、隣接する学問分野をリサーチに取り込んでいくのはもちろん、もっと幅広く他の学問やデータを総合的に活用して、いかにしてアウトプットに収めていくか。その姿勢が重要だと思います。
――では、菅原さんご自身が掲げているこの先のテーマを教えてください。
仕事で言うと、リサーチ結果からのサービスデザイン設計をアプリの開発領域にまで落とし込めるようにできたらいいなと思っています。
つまり、「ユーザーが今、これを感じている」「世の中的には次にこれがくる」という情報を集めてまとめるだけではなく、自分たちのプロダクトにそれをどう実装するか。表現や実装の方法についても、きちんとデザイナーとか開発メンバーと一緒に考えていくというスタイルで動いていきたいと考えています。
リサーチの仕事はどうしても、世の中のトレンドやユーザーの嗜好や行動を分析するところで終了、そこが業務範囲の限界だったりします。でも、最終的にどう表現するかが大事なので、きちんと最後のところまで一緒にやりきる。そんなスタンスでいたいですね。
――個人の活動としてはどうですか?
マーケティングリサーチの世界では、ある程度、方法論は確立されています。でも、個別性の高い業務や課題単位でどうリサーチを使うかについては、まだ答えは見つかっていません。
確立された方法論を極め、それを安定的に使いこなしていくタイプの人が多いと思いますが、僕は時代に応じて誕生する新しい業務や課題に対しての対応を、自分自身の立場で考えていきたい。
具体的には、課題解決のために、今あるリサーチ方法をどう組み合わせて使っていけるのか。
たとえば広報が調査プレスリリースを使うのに、どういうリサーチ方法がいいのか、ということが該当します。
課題の単位でリサーチを使える方法について、特にアンケーやインタビューなどにこだわらずに最適な方法を探り、発信していきたいですね。そして、リサーチを活用して社会をよくしていきたいと思っています。
――お話をお伺いしていると、菅原さんはマーケターでもリサーチャーでもなく、まったく新しい道を歩まれているように思います。
僕のロールモデルはトランスコスモス・アナリティクス 取締役エグゼクティブフェロー、マクロミル総合研究所長でもある萩原雅之さんなんです。マーケティングリサーチやデータサイエンスの領域では超有名人で、ご存じの方も多いかと思いますが、
萩原さんはずっと、SNSを通じてリサーチの情報発信を続けてらっしゃいます。
学問的・技術的な観点から情報発信されている点には私も及びませんが、リサーチを通じた社会との関わり方、スタンスは萩原さんを見習っています。
ただ僕自身、リサーチが大好きで、それを伝えたい! その魅力を余すところなく引き出し、社会を変えていきたい!という思いがあるだけです。
ただもし、実現していきたいこと、伝えていきたいことを続けていった結果、何か新しい存在になれたとしたら、とても幸せな人生だと思います。
Profile
菅原大介さん
リサーチャー。上智大学文学部新聞学科卒業。新卒で出版社の学研を経て、株式会社マクロミルで月次500問以上を運用する定量調査ディレクター業務に従事。現在は国内通信最大手のグループ企業で総合ECのサービスデザイン・リサーチ全般を担当する。
個人でリサーチに関する著作を持つほか、ニュースレター「リサーチハック 101」を定期配信中。マーケティングリサーチ・UXリサーチ・市場調査の実務ノウハウが、事業会社・調査会社のリサーチ担当者から好評を得ている。登壇・寄稿・取材実績多数。
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